大学物理の独言

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慣性力

以前の記事で、一部の座標系では運動方程式を立てる際に少々の工夫が必要になることを言った。

これは、実際には存在しないにもかかわらず、新しい座標上に立って見てみるとまるで働いているかのように見える「見かけの力」が発生することがあるためである。

より短く言えば、この見かけの力というのは慣性力と呼ばれる。

 

いくつか例をあげよう。 

下の図では、静止している座標系を赤で、加速度を持って移動する座標系を青で描いた。

 

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ベクトルの性質から、 {\overrightarrow{r'} = \overrightarrow{r}_0 + \overrightarrow{r} } と表される。

さて、質量 {m} の物体に力 {\overrightarrow{F}} が働いているとすると、運動方程式

{\displaystyle m \frac{d^2 \overrightarrow{r'}}{dt^2} = \overrightarrow{F} }

となる。

ここに先の {\overrightarrow{r'}} の表現を代入すると、

{\displaystyle m \frac{d^2}{dt^2} ( \overrightarrow{r}_0 + \overrightarrow{r} ) = \overrightarrow{F}}

となり、変形すれば

{\displaystyle m\frac{d^2\overrightarrow{r}}{dt^2} = \overrightarrow{F} - m \frac{d^2\overrightarrow{r}_0}{dt^2} }

となる。

この右辺に現れた第二項こそが慣性力である。

繰り返すが、慣性力というのは、あくまでこの動いている系から見た場合に働いているように見える力である。

静止座標から見ればこのようなものを考える必要は全くない。

 

次に考えるのは、回転座標系と呼ばれるものである。

下の図のような、z軸(画面を見ている読者に垂直に向かってくるような方向)を中心にX座標とY座標が反時計回りで回転する座標系を考える。

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 {t=0} の時に、この回転座標(青の座標軸)は静止座標(赤の座標軸)と一致しており、回転の角速度は {\omega} で一定とする。

角速度の定義から、

{\displaystyle \omega = \frac{d \theta}{dt} }

である。

{X, Y} は、{x, y} を用いれば

{\displaystyle X=x \cos\theta - y \sin\theta}

{\displaystyle Y=x \sin\theta + y \cos\theta}

と表せる。

これが理解できない読者は、複素空間を考えて

{X+Yi=(x+yi)(\cos \theta + i\sin \theta)}

によって {x}軸と {y}軸を {\theta} 回転させることを考えれば、この形が得られるので試して欲しい。

{X, Y}{x, y} を用いた表現から、

{\displaystyle x=X \cos\theta + Y \sin\theta}

が得られる。

これを二階微分すると、

{\displaystyle \frac{d^2x}{dt^2}=\frac{d^2X}{dt^2}\cos\theta + \frac{d^2Y}{dt^2} \sin\theta + 2\omega\left(-\frac{dX}{dt} \sin\theta + \frac{dY}{dt} \cos\theta\right) - \omega^2\left(X \cos\theta + Y \sin\theta\right)}

となる。

{x}{X, Y} で表した時と同様に、{x} 軸方向に働く力 {F_x}

{\displaystyle F_x=F_X \cos\theta + F_Y \sin\theta}

となるから、これらを運動方程式に代入すれば

{\displaystyle m \left\{ \frac{d^2X}{dt^2}\cos\theta + \frac{d^2Y}{dt^2} \sin\theta + 2 \omega \left( -\frac{dX}{dt} \sin\theta + \frac{dY}{dt} \cos\theta \right) - \omega^2 \left( X \cos\theta + Y \sin\theta \right) \right\} = F_X \cos\theta + F_Y \sin\theta}

両辺で {\cos\theta} がつく項、 {\sin\theta} がつく項をそれぞれ比較すれば、

{\displaystyle m \frac{d^2X}{dt^2} = F_X - 2m \omega \frac{dY}{dt} + m \omega^2 X}

{\displaystyle m \frac{d^2 Y}{dt^2} = F_Y + 2m \omega \frac{dX}{dt} + m \omega^2 Y}

である。

今回は {x}{F_x} の比較からこの結論を導いたが、 {y}{F_y} の比較でも同じ結果が得られるので、ぜひ挑戦して欲しい。

これをベクトル表記に改めると、

{\displaystyle m \frac{d^2 \overrightarrow{R}}{dt^2} = \overrightarrow{F} - 2m \overrightarrow{\omega} \times \frac{d \overrightarrow{R}}{dt} - m \overrightarrow{\omega} \times \left( \overrightarrow{\omega} \times \overrightarrow{R} \right)}

となる。

{\overrightarrow{R} = \left(X, Y, z \right), \, \overrightarrow{F} = (F_X, F_Y, F_z)} とおいている。

{\overrightarrow{\omega}} は角速度ベクトルと呼ばれ、座標の回転軸方向に大きさ {\omega} のベクトルである。

つまり、今回は {\overrightarrow{\omega} = \left( 0, 0, \omega \right)} となる。

{\times} と表されている演算記号は、掛け算を表すものではなく、ベクトル同士の計算に対して使われる場合は外積を意味するものである。

 

さて、得られた結果を詳しく見てみよう。

この式の右辺第二項は、コリオリりょくと呼ばれる慣性力である。

コリオリ力は風の吹く向きや台風の発生などで重要な役割を果たしており、地球上では進行する物体に対して北半球では右向き、南半球では左向きに働く。

ベクトルで表した式を見てわかるように、物体の速さが速いほど大きな力が働く。

右辺第三項は、遠心力と呼ばれる慣性力である。

遠心力は、これはベクトルで表す前の成分表示の方がわかりやすいだろうが、回転軸から離れているほど、回転の外側に向けて大きな力が働くことになる。

 

この遠心力とコリオリ力というのはなぜ発生してしまうのだろうか?

 

遠心力から考えていこう。

円に沿って運動している物体は、慣性の法則によって常に接線方向へ進もうとする。

そのため、物体は回転軸から離れていく方向に成分がある速度を持つことになるのである。

下の図で赤い矢印に表したこのズレこそが、遠心力の正体である。

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コリオリ力は、回転座標系の回転する速度が回転軸からの距離によって異なることが原因で生じる。

各点の回転速度は {\left| \overrightarrow{R} \right| \omega} として表されるから、回転半径が大きい点ほど回転速度が速い。

そのため、例えば回転の外側向きの速度を持って物体が運動するとき、進むにつれて物体が存在する点は回転の速い場所に変わっていくため、物体が座標系に置いて行かれてしまうことになるわけである。

このため、静止した座標から見れば存在しない、一見奇妙なコリオリ力が回転座標系から見れば発生してしまうことになる。