大学物理の独言

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斜面を転がる剛体

回転運動の運動方程式を別の記事で扱ったわけだが、これを単独で使用してもただその場で回転する物体の運動しか理解することができない。

もう少し日常の中でよく見る運動、例えば斜面を転がる剛体の運動などを理解するためには、これだけでは不充分である。

 

そこで、並進運動の運動方程式と組み合わせることによって、もっと多様な運動の理解を試みるのである。

転がるという運動は並進運動と回転運動から成るものなのであるから、このふたつを同時に使用すればもっと現実的な運動の考察ができるはずである。

 

さて、今回考えていくのは、次の図のような状態での運動である。

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つまり、角度が {\varphi} の斜面で {x} 進んだ時、半径 {a} の物体が {\theta} 回転するということを考える。

斜面と剛体の間には、摩擦力があると考えなければならない。

もし摩擦力が存在しなかった場合、剛体は回転をすることなく斜面を滑り落ちるはずで、それだとただの質点の並進運動と変わらないから面白くない。

よって、今回は大きさが {f} の摩擦力が働いていると考えて考察を進める。

並進運動と回転運動の運動方程式は、それぞれ

{\displaystyle m \frac{d^2 x}{dt^2} = mg \sin\varphi - f}

{\displaystyle I \frac{d^2 \theta}{dt^2} = af}

である。

これまで通りに質量と慣性モーメントをそれぞれ {m, I} とおき、重力加速度は {g} としている。

値がわからない {f} が明らかに邪魔であるから、ふたつの方程式を連立して消去する

{\displaystyle ma \frac{d^2 x}{dt^2} + I \frac{d^2 \theta}{dt^2} = mga \sin\varphi}

とりあえずここまでが一般に言えることなのだが、これでは何もわからないからさらに式変形を進めたい。

そこで、{x}{\theta} の関係を考える。

剛体が斜面を一切滑ることなく転がった場合、時刻 {t = 0} で静止しているという状況を考えると、{x}{\theta} の間には

{\displaystyle x = a \theta \tag{1}}

という関係がある(より一般には {\frac{d^2x}{dt^2} = a \frac{d^2\theta}{dt^2} } である)。

右辺は転がる過程で斜面に触れた孤の長さであるから、一切滑らない場合にそれは {x} と一致するわけである。

 次に、剛体が摩擦力によって転がりつつも斜面との間で滑っている場合だが、これは2通り考えられる。

{\displaystyle x \gt a \theta \tag{2} }

{\displaystyle x \lt a \theta \tag{3} }

さて、それぞれの場合について {\theta} を消去して運動方程式を連立した式を考えていこう。

 

 まず、(1) の場合は次のようになる

{\displaystyle ma \frac{d^2x}{dt^2} + \frac{I}{a} \frac{d^2x}{dt^2} = mga \sin\varphi}

これを計算した結果は

{\displaystyle \frac{d^2x}{dt^2} = \frac{ma^2}{ma^2 + I} g \sin\varphi \tag{1} }

同様にして、(2) と (3) の場合は

{\displaystyle \frac{d^2x}{dt^2} \gt \frac{ma^2}{ma^2 + I} g \sin\varphi \tag{2}}

{\displaystyle \frac{d^2x}{dt^2} \lt \frac{ma^2}{ma^2 + I} g \sin\varphi \tag{3}}

となる。

 

これらを見れば明らかなように、転がる加速度は慣性モーメントに依存するわけである。

よく知られている物理現象に「どんなものでも落下する速度は同じ」というものがあるが、これはあまり正しくない。

落下する速度が同じになるのは比較しているものが質点同士の場合や転がらないもの同士の場合であって、回転を考えなければならない剛体にはこれは当てはまらないのである。

エネルギーの観点からこれを考えてみると、位置エネルギーの一部が回転の運動エネルギーに使用されてしまうため、どれだけのエネルギーが回転運動に使用されるかということで、斜面を転がる速さは変わってくるのである。

 

さて、次に一切滑ることなく転がる条件を考えてみよう。

剛体と斜面との間の静止摩擦係数を {\mu} とおけば、

{\displaystyle f \lt \mu mg \cos\varphi}

であるから、滑らない場合には (1) のときの結果から

{\displaystyle m \frac{ma^2}{ma^2 + I} g \sin\varphi = mg \sin\varphi - f \gt mg \sin\varphi - \mu mg \cos\varphi}

である。

よって、{\varphi}

{\displaystyle \tan\varphi \lt \frac{ma^2 + I}{I} \mu}

 を満たすときに、この剛体は滑ることなく転がり落ちることになるわけである。